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zoom RSS 君たちはどう生きるか―—コペル君の住む社会と世界

<<   作成日時 : 2018/01/09 07:59  

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 不思議な現象だと思った。80年前の吉野源三郎氏の著作、「君たちはどう生きるか」が流行しているのだという。原作を羽賀翔一さんが漫画化し出版されたのが、2017年の8月末。それからわずか4か月で、100万部を突破するベストセラーとなった。80年前の旧制中学に通う15歳、コペル君を主人公とする本が、なぜいま、これほど受け入れられるのか。その理由を考えたくて、漫画版を手にとってみた。

 吉野源三郎氏は、雑誌『世界』の初代編集長で、岩波少年文庫の創設にも尽力した、と紹介にはある。話はコペル君とその叔父さんとのやり取りで展開する。本で扱う事柄は多岐に渡るが、その根本には、1937年時点で、人類が獲得してきた「知」と、その社会に果たす役割を次世代に受け継がせるためにどうしたらよいのかとの問いがちりばめられている。伝えようとする「知」は自然科学と歴史・経済・社会といった社会科学の分野の両面に及ぶ。

 コペル君は、銀座のデパートの屋上で、街を行き交う人々を見下ろしながら、「ほんとうに人間って分子なのかも」とつぶやく。それに触発されて叔父さんは、コペル君に伝えたいことをノートにして書き留めていく。その手始めとして、コペル君のあだ名の由来ともなるコペルニクスと天動説を取り上げる。それを要約するとこうだ。

 コペルニクスが唱えるまで、人は太陽が地球のまわりを回っていると目で見たまま信じていた。ガリレオやケプラーなどにより、この説が正しいことが証明されたが、小学生さえ知っているほど、一般にこの学説が信奉されるまでには、何百年とかかった。それほど人間が自分を中心としてものを見たり、考えたりしたがる性質というものは、これほどまで根深く、頑固なものなのだ。

 一方で、コペル君は、自分が赤ん坊の時に飲んでいた外国産の粉ミルクが、オースラリアの牛から自分の口に入るまでに携わった人々の、長いリレーに思いを馳せる。牛を育てる人から、加工、運搬、販売まで、その機械や船を作った人たちを想像してみる。そこから「人間分子の関係、網目の法則」を思いついた。それは、「人間分子は、見たことも会ったこともない大勢の人と、知らないうちに網のようにつながっている」との「法則」だ。
 
 叔父さんは、コペル君の発見にこう応じる。人間同士のこうした関係を社会学や経済学の学者は「生産関係」と呼んでいる。人間は小集団で狩りをしていた時代には協同や分業も狭い範囲の中で行われていた。小集団間に品物の交換が行われ、人間の集まりも大きなものになって国が生まれた。もっと時代が進んで、商業が盛んになり、国と国との間にさえ取引が行われるようになると、人間同志の関係は、ますますこみ入ってくる。今日では、生糸や木綿の生産も、外国市場に売り込むことを目的に大規模に生産している。インドや支那(原文ママ)の何億という人々には、日本の木綿や雑貨が必要だし、日本人にとっては、オーストラリアの羊毛やアメリカの石油が、なくてはこまるものとなっている。

 なるほど、この「君たちはどう生きるか」という本は、80年の月日を経ても、少年だけでなく大人にも、改めて人と世界の関わりを紐解いてくれる内容になっている。「知」の大切さは、以下の言葉にも端的に表されている。それは、自国中心主義の台頭が言われる、2018年にも、警鐘の言葉として通じるだろう。
 
 “自分たちの地球が宇宙の中心だという考えにかじりついていた間、人類には宇宙の本当のことがわからなかったと同様に、自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることができないでしょう”

 では、コペル君の住む1937年(昭和12年)とは、どのような社会と世界だったのだろうか。
 まず、前年1936年(昭和11年)の出来事をみてみよう。
・2月に、皇道派青年将校による2・26事件が勃発。首相官邸を襲撃、斎藤実内大臣、高橋是清大蔵大臣を私邸で殺害し、東京朝日新聞社を襲撃、陸軍大臣公邸と警視庁を占拠した。
・スペインでは、人民戦線派が選挙で勝利したのに対し、フランコ将軍が反乱を起こし、内戦へと発展した。
・8月にはヒットラーのナチス政権下で、ベルリン・オリンピックが開催され国威発揚の場となった。
・11月には、日独防共協定が調印された(正式名は、共産インターナショナル・コミンテルンに対する日独協定)。

そして1937年(昭和12年)はこんな年だった。
・1月、国歌「君が代」が尋常小学校修身書第4巻に掲載されることが決まった。
・6月、近衛内閣が成立、小学校では防空演習の先駆けとなる、児童の防護防毒訓練が実施され、防毒マスクで靖国神社を参拝するなどの演習が行われた。
・7月、盧溝橋事件が発生し、日中戦争へと進んだ。同じ月に、プロ野球春期リーグで東京読売巨人軍が優勝、最高殊勲選手に沢村栄治投手が選ばれた。
・8月、漢口、南京から邦人が引き揚げ、上海事変が勃発した。
・9月、政府は、「北支事変」から「支那事変」へと名称を変更した。中国国民党政府が、国際連盟に日本の侵略を提訴。第2次国共合作により、中国国民党と共産党が協同して日本と闘う体勢をとった。
・11月、上海占領。大本営が設置され軍部独裁の体制が整った。12月に南京事件が起きた。

 中国大陸に進出した日本帝国が、盧溝橋事件から泥沼の日中戦争へ突入していくのが、まさに「君たちはどう生きるか」が著された年だった。この年に発表された小説に、石坂洋次郎の「若い人」や永井荷風「濹東奇譚」、志賀直哉「暗夜行路」がある。「大魯迅全集」の刊行も開始された。

 またこの年には、日本精神総動員法運動が繰り広げられ、広告は時局標語に染まっていく。「空爆にキャラメル持って!」(森永ミルクキャラメル)、「南京陥落、三楽で乾杯」(清酒「三楽」)。標語として「国民精神総動員」「祭政教の一致」「パーマネントはやめませう」「享楽廃止」。その一方で、ニッカウヰスキー、サントリー角瓶が発売された。

 80年前、この本は啓蒙書と呼ばれた。叔父さんは、コペル君に様々な知を教示する。その一方で、人は個人として主体的に学び、考えることにより知を獲得し、他者を思いやる心を育む。その過程こそが、人間として最も大切なのだという、普遍的な思考がこの本には貫かれている。

 70年後の今から10年ほど前に、文部科学省は教育内容の改善方向の基本的考えを発表した。それには、こうある。
“教育に求められているのは、生涯にわたる学習の基礎を培うという観点に立って、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力(確かな学力)、自らを律しつつ、他人と共に協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性(豊かな心)、たくましく生きるための健康や体力(健やかな体)などの「生きる力」をはぐくむことである”

 この文言を見れば、吉野源三郎が、コペル君を通じて、当時の少年たちに訴えたかった内容は、戦後社会を通じて、広く普及しているようにも思える。ただ、2006年の教育基本法の改定、そして新学習指導要領はどうなのか。その中身を見ると、80年前に叔父さんがコペル君に伝えようとした内容から抜け落ちているのが普遍的という概念だ。

 2006年の教育基本法の改定では、1947年に制定された教育基本法の前文にあった「普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造をめざす教育」との言葉が削り取られている。「文化の創造と発展」への個人としての貢献の代わりに、教育の目標として入れられたのは、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」との文言である。



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